一生つなわたり

一生つなわたり

あなたの中の、全部のあなた自身を、あなたの味方にするために。

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おはようございます。

ここ数日、いろいろありましたが、

一応、決着がついた。

今日から、切り替えていきます。

 

100日行は遅れているけど、

徐々に追い付くイメージで、良しとしちゃおう。

 

 

さて、100日行、58日目です。

今日の内容は、
「"本当の自分"と"ニセモノの自分"」

 

ピンときた内容引用

あなたは他の人を愛すると同時に
自分自身を愛しなければならないのである。

しかし、"本当の自分自身"を愛しなければならないのであって、
"ニセモノの自分"たる"肉体的欲望の自分"を愛してはならないのである。

 

肉体は"本当の自分"ではなく"本当の自分"であるところの魂に
つかえるべき道具であり、魂の作業服であるのである。

肉体の欲望のまま不羈奔放に行動するときは必ず秩序が破られ、
自他ともに傷つくことになるのである。

 

昔から、"己れ"に打ち克った者が最大の勇者であるといわれている。

この場合の"己れ"とは"肉体の欲望"であり、
"ニセモノの自分の恣欲"である。

 

これを正しき秩序に制御することを「己れに克つ」というのである。

"ニセモノの自分"を正しき秩序に制御したとき
その人は「本当の自分」を愛したことになるのである。

 

自分で自分を愛すことができなければ、

人に自分を愛してもらうことが、必要になる。

 

しかし、他人は、

「絶対的に他なるもの」

である。

自分と他人は、前提も、見ている世界も、何もかもが、違う。

共感するときはもちろんあるけれど、

「わかるはずがない」という面が

あることも、確か。

 

加えて、いろんな人がいる。

生まれた時点で、前提の違いも同時に生まれる。

家族、育った環境、出逢った人、好きなこと、得意なこと、価値観etc

すべてが、違う。

 

すべてが違うなかで、「他人」に愛してもらうことが、どれだけ難しいか。

たったひとりでも、難しい。

 

それが、ありのままのお互いで、フラットな関係性で、

自然にできることは、すばらしいことだ。

 

しかしそのためには、自分で自分を愛する必要が、

あるのだと思う。

 

それをせずして、愛そうとしたなら

例えば「嘘の自分」を演じたり。

依存的な関係になってしまったり。

自然体からはかけ離れることになることが、多い。

 

自分で自分を愛することも、出来なければ、

人を真に愛することなんて、できないのかもしれない。

 

だからと言って、「自分で自分を愛することができない自分」を

責める必要はない。

やりたいこと、逆だからね。

いきなり愛せなくても、まずは認めよう。

受け入れよう。

 

自分の中の

いやな自分も

認めたくない自分も、

弱い自分も、

本当は全部含めて、

自分自身。

 

自分で自分を責めるから、

なにかに、だれかに、依存することが

必要になる。

 

自分の中の全部の自分を

癒してあげよう。

ハグしてあげよう。

 

そうすれば、

あなたの中の全部のあなた自身は、

あなたの味方になる。

あなたがあなた自身をいきるための、

強力なカードになる。

 

もともと、あなたの中のいろんなあなたは、

全部あなたの味方だから。

僕たちが、自分と向き合い、

魂を進めるために、

トリックスターになってくれてるだけだから。

 

向き合うべきことと向き合った先に

みんなで協力して、この世界を、もっともっと遊べるんだ。

 

最近の僕は、

こう、感じています。

 

愛することについて、

昨日改めて受け取った大事なこと。

hojotsuyoshi.com

 

僕は僕自身に、

そして、周りの人に、

傷つき倒れたとき、
「倒れたように見えた」とき

手を取らない愛を、

実践する必要があるみたい。

 

今日も、ありがとう。

いつも、ありがとう。

 

 

あらえびすスタッフ まこっちゃん 

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