わがままって何なんやろう。わがままな自分を大事にして、わがままと仲良くなるには。
こんばんは。
いきなりですが、わがままって何なんやろう。
あなたは、どう思いますか?
以前、ある友人が、
「とても大切な人と、たくさん時間を共有した。いつも一緒にはいられないけど、また会える。なのに、会いたいな。って思う。わがままだなって」
と、いいました。
これを、わがままと、言わなくてもいいのかもしれない。
と同時に、
わがままというとしても。
わがままで、いいんじゃないかなあ。
人間って、わがままで生まれてきて、
おとなになっても、魂むき出しで生きてる人って、わがままだなって、思うもん。
わがままな自分が、悪い形で表現されてしまう事も、いっぱいあると思う。
わがままな自分が、いい形で生かされれば、
それはとても、素敵なことだと思うのです。
そもそもわがままってなんなんや。
と思って、
調べてみた。
するとこんな言葉と、であった。
わがままはegoiste(エゴイスト)ですが、egoはラテン語で「私」、
isteは「~する人」という意味。つまりは「自らに由る=自由」ということ。
この言葉を作ったのは福沢諭吉です。彼は『学問のすゝめ』の中で
「自由と我儘との違いは、他人の妨げを為すと、為さざるとの間にあり」と説いてます。つまり、自己欲を制することができる人、自己コントロールができる人が自由人、それができない人は我儘なのです。
西洋では「責任ある自由」をサルトルが実存主義の中でうたっています。 わがままと自由はやはり違うもので、人は自由を目指すべじゃないかな?
なるほど!
引用元は、こちらのブログです。
素敵な記事。ご紹介しますね。
「自由と我儘との違いは、他人の妨げを為すと、為さざるとの間にあり」
なるほど、これは腑に落ちる。
逆に言うと、「わがままだな」って思ったとしても、
他人の妨げになっていなければ、
それは自由への道になるんだね。
自由は、わがままのちょっと先にあるんだ。
人間の厄介な特徴は、自分で自分の首を絞めてしまうこと。
魂の声を、「わがまま」という枠に収めて、
自分を責めたり、人を責めたり、しちゃってないかなあ。
好きで迷惑かけたいわけじゃないだろうし、
誰もが自由でいられたらな、って、
きっとみんな思っているのに。
いつのまにか大人は、我慢して、頑張って、生きることが、
あたりまえになってしまったのかもしれない。
(もちろん、人によると思いますが。笑)
そして、わがままな人を見ては、
自分にない自由に、嫉妬したりとか。してるのかもね。
合わない人って、価値観の違う人って、
自分の本当の望みを、教えてくれる人、
自分の変化の為に、あなたの人生の物語で、
「嫌われ役」を、やってくれている人、
なのかも、しれないね。
実際どうなのかは、置いておいて、
そういう視点から見てみると、
「ありがとう」
になっちゃう。
なんて都合がいい世界だ。
いいとこどり、していいように、できてるんだよなあ。
だったら、自由になろう。
そのためのヒントとして、
わがままと仲良くなろう。
迷惑をかけてしまうほどの、
あなたの「わがまま」の奥には、
なにがあるのかな?
わがままとうまく付き合った先には、
きっと、自由な世界が待っている。
くれくれくまちゃん。
ピンと来たので、買ってみた。
早速今日届いた。
読んでみた。素敵だった。
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僕は数日前から、全く違う世界を生きている。
不思議なことに、(当たり前なのかもしれないけど)
わがままな自分を大事にしてみると、
相手のわがままも、いとおしく思えてくる。
毎日に隙間が生まれる。
余裕が生まれる。
のんびりと、おだやかに、過ごせる気がする。
まだまだ、たくさん課題があるけれど、
それも含めて。
ちょっと、落ち着いて、
焦らずゆっくりと。
今を、味わっていこうと、思います。
今日も、ありがとう。
いつも、ありがとう。