手放すこと。人類進化し自然と共存できるか否か。
こんばんは。
いつもご覧いただきありがとうございます。
今日は朝書こうと思いタイトルを書いたものの、
その後早朝水汲にいきそのままの流れで今になってしまいました。
やっぱ朝のクリアな状態でなく、
書きたかった想いをのせられるかわからないけれど、あえてそのままのタイトルでお送りしてみようと思います。
僕はあたまでっかち、理屈論理合理によっている人間です。
昨日書きましたが、
そんな自分でいることが人類進化を遅らせているのかもしれません。
自分がやりたいことをやるのか、
自然の流れで来たことをただやるのか。
自我を満たしたくてやるのか、
大いなるものに動かされてやるのか。
脳の理解をもとに生きるのか、
身体の感覚を感じ活かし生きるのか。
誰かに乗っかり進むのか、
自分によって自身の足で進むのか。
頭の言葉を使うのか、
心から涌き出た言葉を使うのか。
表面に対処するのか、
本質を追求するのか。
効率を重視するのか、
意識を重視するのか。
手を抜いて生きるのか、
100%で生きるのか。
意味解釈を求める・作るのか、
メッセージを受けとり続けるのか。
真面目にやるのか、
遊び尽くすのか。
いままでをやるのか、
これからをつくるのか。
いくらでもでてきますが、このへんで。
僕は後者で、生きたいのです。
そこを遊びたい。
ひとそれぞれだと思うけど、
これほどまでに自然が壊れてしまっているのは、
頭で生きているから、かもしれません。
「本当は、心が先で、そのツールが頭。
身体のポールシフトが起きている。」
とのこと。(あらえびす融ちゃん から)
地球のポールシフトが大変なことになる前に、
身体のポールシフトをなんとかしたい。
頭で生きるではなく、
頭を心のツールとして有効に使いたい。
世界の僕タイプの人たちのためにも、
そして世界のためにも、
変化したい。進化したい。
そのために手放す。
僕は仲間から、
「ドタドタ歩くのがうるさい」
と言われていました。
頭ではいくらでも、自我的な合理的な言葉が、
反応がでてきます。
とはいえ、迷惑をかけているという事実がある。
それにたいして、
「ドタドタあるかない」
ことを気を付けていました。
しかしそのアプローチがあまりにもアホで
意味がなかった。
仲間たちは、「音」のことをいっているのではなかったのです。
普段の僕の振動数が、
地球のまあるい音と、
あまりにも違ったのです。
地球に生きているのに、おかしなはなしだ。笑
細い感覚でいれば、自然にドタドタ歩かなくなります。
気配を消す=まわりと同じ音で過ごせる
=調和
なのだと思います。
リズムが合えば、迷惑にもならないし、
おどりだしたくなる、のかも。
おすすめの記事があります。
僕の今生きる場である、"あらえびす"のサポーター、天ちゃんの発信。
http://112255horumonryugi.hatenablog.jp/entry/2017/04/28/190221
人が摩擦を越えて、自然と共存できるか。
この命はそのための挑戦に、使いたい。
戦わずして勝つ。
そこを遊び尽くす。
そして、こんな遊びを、
縁があったかたと一緒に、
やっていきたいんです。
あかん今日も眠すぎる。
熟睡して、明日ははやおき♪
大切な仲間からの言葉だからこそ感じられたこと、を
明日書きたいな。
今決めてどないすんねん!てのも書こうそのうち。
備忘録。
今日も様々に感じる一日に感謝。