一生つなわたり

遊びと学びの連続、一生つなわたりで生きるまこっちゃんのブログ

ホモサピエンス生き残りライフデザイン。

https://www.instagram.com/p/BRVNxHbFxLz/

こんばんは。

ホモサピエンスが生き残るのか?

生き残るための生き方とは?

鬱も自殺も戦争も
お金も宗教もこの世界の支配構造も

わるくなってると、捉えるのか。
進化していると、捉えるのか。

それによって、次の一手が変わってくる。

今日は人類の生き残りをかけた
進化の道を自ら歩み続けている、

あらえびす代表融さんのことばのシェアから、
考えてみたいと思います。


まずは、引用。

そもそもホモサピエンスとは、けったいな名前。

よくぞホモサピエンスがホモサピエンスとつけたものだと関心する。

厚かましいが、賢い人 と言う意味。

その結果人工知能を作り出した。

昨日のNHKの連載物の羽生さんの番組で、人工知能を作ったデザイナーにも予測が不能になりだした。

ある意味予測出来るが無理だったのだ。

共同幻想を描けないネアンデールタール人類を客席に座らせて、ハムレットを鑑賞させるようなもの。

この状態は、ついにメガホモサピエンスが別個な外の世界に生まれだしたという現象。

韓国では。不正の多い政治家に、人工知能政治家を真面目に導入しようとしている。

此れも多国語企業やマネーやイルミナさん同様に、安直に此れをイデオロギーで敵とみなしても意味がない。

ホモサピエンスの進化の産物でしかない。

自殺も然り、鬱も然りである。

日本のロボットメーカーで、退職希望に向かうタイプまで、情報入力すると完璧な退職確率を描くところまできだしたのだ。



うちのスタッフはある意味、決して首を切らない。

何故なら、人工知能には出来ない、ホモサピエンス自体の生き残りをlifeデザインする、団体だからだ。

しかし、コミュニティーの最初がそうだったように、コミュニティー維持には小さな扮装が必須である。

だからこそ、部落は永続出来た。

=閉鎖系で厳しい掟がある。

けれども、此れを目指す必要もない。

しかし学ぶ必要はある。

何を学ぶか。

実にシンプルである。

コミュニティーの組織化~自己組織化への移行が大きなホモサピエンスの進化になる。

自己組織化した鰯の大群のコミュニティーは、今だ現実化していない。

それを統一させるのが「肚」である。

それが二回目のエルダーガイド身体work&エルダーガイド物理学workである。

金沢を経て、この東京で、ホモサピエンスのどんな進化が見えだすのか。

ワクワク、ドキドキする。

東京のコラボ講師田原さんは、とてつもないと同時に凄くシンプルな土産を手に、マレーシアから現れてくださるでしょう。

それは「何がしたいか」、「何が出来るか」~の進化である。

もう人工知能メガホモサピエンスが、何が出来るかの領域をホモサピエンスが予測もしない世界を勝手に提示し始めている。

では、その進化は、なーに。

「何を望むか」である。

人工知能も別個な地球ジャッチで生きる全ての命も含めた、物語神話を僕らがひっさげたストーリーテイラーになれるか否か。

エルダー演出家ガイドworkは、そこへの進化を示す作品作りの始まりである。

本番=柿落としは、オリンピックイヤーに設定。

何故なら、その何を望むかをそれまでに描いていないと、この人工知能を生み出した地球ジャッチが届かない所にのみ生きだしているホモサピエンスが、暴動しかねないから。

人工知能が悪いのではない。

マネーが悪いのでもない。

宗教が悪いのでもない。

今こそ、賢い人がそれ以上賢い知を生み出した。

それを使うのは我々。

メガホモサピエンスをホモサピエンスが使う。

この使い方をミスったのが、アトランテイス。

さあ、皆で、自らのホモサピエンスに望む事を創りましょう。

もうその為の、アート=クリエイト以外は必要ない。

奉納の舞もミュージカルもレストランも整体師も何が出来るかから創造する時代は実は当の昔に崩れだしていたのです。

僕が分野を全て手放したのも、この移行期には共同幻想で何を望むかを、自己組織化によってツクリアゲル事こそが、今のアートだからこそ。

その自己組織化エルダー物理学work in 東京のまえに、先ずはホモサピエンスの存続の意義を、自らがホモサピエンスに望む一致感で繋がりましょう。

引用終わり。


わくわくする。

小さな感情を抜きにするほどに、
その概念を越えるような、面白い実験。


何を望むのか?

ひとつの答えは、

メガホモサピエンス
=ホモサピエンスを越えはじめた、人工知能。
もしくは今想像もつかないような、これから生まれてくるものたち

と、

野生、自然との共存。


そのための、ホモサピエンスとしての進化。

これを望みたい、追求したい、と感じました。


自然回帰(ホモサピエンスとしての役割放棄?)でもなく、
メガホモサピエンスによる支配でもなく、

その間を、つなわたり。


二項対立、
肯定否定やプラスマイナス、いいわるい、ではなく
その中間、バランス。


メガホモサピエンスと、野生の橋渡し。

メガホモサピエンスを、ホモサピエンスが、どう使うか。

使われてしまうが意味することは、
ホモサピエンスの生き残り失敗。


身体のポールシフトを整え、
心のツールとして頭を使う、と重なる。

心が頭に使われていては、絶滅する。
ホモサピエンスがメガホモサピエンスに使われていては、絶滅する。


そのために、どうする?



まさに今の僕の状況との重なりを、
全体を通して感じました。

左脳肥大、効率の、合理化の追求(ネアンデルタール人)は
すでに人工知能が越えている。

そのさきに、人としての役割はない
=絶滅する
ということなのだろう。

となると、

大切にするのは、
例えば200年先の意識。

今のもっとも合理的な、効率のよい形は実現できる。
しかしそれは、

例えば200年先にとってどうなのか、は
だれにもわからない。

いいと思っていたことが、
わるいかもしれない。
きっと、いいと思ってやってきたことを受けて
いまがある。
変化し続けているから。

今の科学が追い付かない先、
今は誰も想像すらできないもの、
わかるとかを遥かに越えた先を、
意識する。


そして、これらのどちらかのみに片寄るのではなく、
その間を揺らぎながら、波を描きながら、螺旋状に進む。


どっちかだけではないはず。

それぞれの違いももちろんある。

だからこそ、今の僕はいままでを手放す必要がある。


私から、私たちへ。

なにができる、から、なにを望む、へ。


枠のないわくわくな進化を描いていきます。



一緒に遊びたい。


今回の金沢、そして東京は、まさにそんな時間になる確信があります。

あえて詳細はここでは触れずに、

ピンと来た方は、一緒に遊びましょう!


ぶっちゃけ、当日どうなるかもわからないけど、
だから面白いんだけど、

ご質問等あれば気軽にどうぞ!

詳細はこちら。
112255horumonryugi.hatenablog.jp

今日もご覧いただきありがとうございました。


まこっちゃん